ロッカールームで心が落ち着く不思議な気持ちを感じながら、
とりあえず荷物をロッカーに置いて辺りを見て回ろうと思った。

ロッカールームの壁にシャワールームや部屋などの案内図が張ってあった。

それを観ながら『まずは、シャワーかな』と思った。

そうしていると、誰かがロッカールームにやってきて、壁の案内を見ている僕の後ろを通り過ぎて、自分のロッカーを開けて携帯電話か何かをいじり始めた。

その人を直視する勇気はなかったけど、トランクス1枚だけの格好なのが横目で分かった。


『ここではああいう格好で、過ごすんだ』と思いながら、少しびびった。



初めて来た場所で、そこでその場所に既に慣れている感じの人を見ると緊張するものだ。
しかも、パンツ一丁で歩き回るなんて。


それは、子供のときのその夏に初めてプールに入るときの感覚に似ているかも知れない。
それは、プールを前にして水着だけの格好なので何か心細さを感じながら、
そしてその格好で大きなプールに入る、あの不安や緊張を感じる瞬間に似た感覚だった。



『え、パンツ一丁になるのか・・・』


そう思いながらも、もうここまで来てしまった以上は後に引けないと思って、
僕も自分のロッカーで着替え始めた。


さっきの男のロッカーは少し離れた場所で、まだ携帯か何かをいじっているようだった。

僕はズボンを脱ぎ、靴下を脱ぎ、そしてパンツとTシャツだけになった。


『まぁ、これも脱ぐんだよな』と思いながらもTシャツを脱いだ。

脱いだTシャツを折りたたんでいると、さっきの男の視線を感じた。


直視すると怖いので、横目で確認すると、その男の方は僕を直視しているのが分かった。

狼に睨まれた羊ってこんな気持ちなんだろうかと思いながらも、僕はその男の方を見ることなく、黙々とTシャツを折りたたみ、着替えをすませようとしていた。

すると、男はロッカーを閉め、鍵をかけてこちらの方へ歩いてきた。

ロッカー前のスペースは、人がスレ違うときは自分の身体を少しまっすぐにしてあげないと通れないほど狭かったので、僕はその男を通してあげるために、身体をまっすぐにして少しだけロッカーの方へ身体を近づけた。

男の視線を背中に感じながら、そのまま通り過ぎるのを待った。


そのとき、僕は自分のお尻に手の感触を感じた。


一瞬、鳥肌が立った。
頭皮の毛穴が開くような感覚を頭に感じるほど、全身が身震いしそうな感覚が僕の身体を突き抜けた。


男はそのまま部屋の方へ消えて行った。


一瞬の出来事だったので、よく分からないまま『こういう所なんだ・・・』
と思いながらシャワーを浴びにいった。



そして、僕も「部屋」に向かった。

「部屋」の中は照明を落としており、映画館の中のような暗さだった。

大きな空間がブースで仕切られており、各ブースにはカーテンが掛けられていた。
その中にはマットレス型の布団が敷かれていた。

いくつかのブースが並んでおり、その間には、階段の踊り場のような空間があった。
5~6人の人がその部屋の中をあっちにいったりこっちにいったりしていた。

ブースとカーテンで仕切られているだけなので、誰かと誰かがセックスする声がいくつか聞こえていた。



けっこう暗がりなので、相手の顔はハッキリとは見えない空間だった。


照明もよく観ると、所々がブラックライトやブルーライトなどで部分的に照らされていた。
また、部屋には音楽が流れていて、それは何かのクラブミュージックのようだった。


ロッカールームと違い、一瞬にして何かのミニライブ会場に入ったような感覚だった。


暗闇の中では人は瞳孔が開き、聴覚が鋭くなる。

しかし、ここでは、暗闇の中、様々なライトや音楽によって視覚や聴覚や方向感覚が少し狂い始め、
しかしその狂い方が少しだけ気持ちよく感じるような感覚に陥るのだった。



また、そこでは、何かの「スイッチ」が入ってしまうようだった。




僕は、『もうここまで来たのだから、何も考えずに誰かとセックスして帰ろう』と思った。


セックスしたい、良い感じに思える人を見つけて、あのブースの中でセックスするのだ。
相手を探して口説かなければ。

そうこうしてぐるぐると動き回っていると、さっき通ったときにはいなかった人がその踊り場スペースにいた。暗闇の中でおそらく20代と思われる人だった。

そこでじっと立っているその人へ話しかけた。
こんばんは、よく来るんですか?なんかノリの良い空間ですよね~ など思いつくことを投げかけてみた。

すると相手はしばらく僕の方をじっと見ていたが、やがて無言のままその場を立ち去った。





僕はショックだった。何か悪いこと言ってしまったんだろうかと思った。

『だいたいナンパなんてしたことないし・・・、はぁ・・・、やっぱ僕には向いてない所なのかな』と思った。



その空間にいる全ての人がベテランの人達のように思え、

そして無言で立ち去られたことで、僕は完全に自信を失った。




『無理だ』と思った。
せっかくここまで来たけど、完全に無理だと思った。
全く異次元の世界に思えていた。
こんなノリノリの空間なのに、僕には相手を口説き落とす力量がないのだと思った。



諦めて、空いているブースの中へ入って、そこでゴロンと横になった。

何か自分があまりにも惨めで、そしてアホらしかった。



『やっぱ、無理なんだ・・・。もっと何年も経験があるような人じゃないと、そんな会ったばかりですぐにHが出来るわけないよな・・・。はぁ・・・』



そう思って横になっていると、いつの間にかウトウトしていたのだろう。









足に手の感触があるのに気づいて、目が覚めた。

『え?・・・』


その手はゆっくりと太ももをつたい、僕の股を触り始めた。


僕は驚いて、寝たまま足元を覗き込んだ。
ブースの中は暗くて相手の顔がまったく見えなかった。


その手はゆっくり僕の股をパンツ越しに触りながら、そしてゆっくりと僕のパンツをずらして、
固くなった僕のモノを口の中に入れた。
口に入れた感触だけが分かった。



『そっか。そういう所だったのか・・・。ナンパみたいな交渉なんて要らなかったんだ。』




そして、僕は暗闇の中で顔も分からない、よく見えない相手の口の中で射精して果てた。






それが、この暗闇の中での僕の初体験だった。