中に入ると、目の前に小さな受付があった。


まるでパチンコ屋の換金所のような、手だけでやり取りするだけの小窓がある受付だった。
その右横には黒色のカーテンが掛けられた廊下の入り口があり、
そこから奥の方へと入っていく構造のようだった。


よく見ると、その受付の小窓の向こう側には人の気配があった。


そこへ近づくと、向こうも僕に気づいたのか
「いらっしゃいませ」と20代だと思われる男の声がした。
男は椅子に座っているようだった。



僕はシステムがよく分からなかったので、『ええっと・・・ええっと』と思いながら、
しばらくそのまま何も言わずにいると



「休憩ですか?お泊りですか?」とまたその男の声がした。



ゲイ雑誌で事前に料金を確認していたので、僕はすぐに「泊まりで」と答えた。
25歳以下の人なら休憩で1000円、宿泊で1800円だった。


どちらもあまり変わらないような料金設定で、滞在時間が長い「宿泊」の方が僕にはお得な感じに思えたので、そんなに長く滞在するかどうかは分からなかったけど
とりあえず「宿泊」の方を選んだ。


(ちなみに「休憩」は深夜の0時まで滞在可能。「宿泊」は0時を超えてもOKという設定。22時~5時までの間の入店は「宿泊扱い」になる。最大12時間まで。確かこういう料金設定だったと思う。その店は今はもうないと思います。かなり安い。)


初めてだったのでけっこう、僕は「まごまご」していたと思うのだが、客のことはあまり詮索しないような感じで「1800円です」と男の声がただ、返ってきた。


事前払い制だったので、そこで料金を支払うとリストバンドがついた鍵を渡された。

そして男は椅子をクルリと半回転させて雑誌か何かを読み始めたのが小窓から部分的に見えた。



しかしリストバンドを渡されただけで何も説明がなかったので、


『え、これどうすんだろ・・・。このカーテンから中に入っていくんだよな・・・。これはたぶん中にあるロッカーの鍵だよな。えええ・・・なんか、さも当たり前のような感じで渡されたけど・・・』


と思いながら、また僕はそこで躊躇してしまった。




どうしようかな、とりあえず入ろうかなと思っていると

「お客さん、初めて?」
と、向こう側からまた男の声がした。



僕が「ええ・・・あっ、はい・・・」と言うと




「あの、お客さんの後ろに靴用のロッカーあるでしょ?そこに靴を入れて、100円入れるようになってますけど、また開けたときに戻ってくるようになってますから。で、靴入れたらカーテンの奥に入っていってください。さっき渡したリストキーに番号書いてあるでしょ?その番号のロッカーが使えますんで、そこで着替えてください。シャワーとか部屋のことは中の壁に案内が張ってますんで、それを見てください。あとロッカーキーは着替え終わったら安全のためにこちらで預かりますんで、持ってきてください」




淡々としているが、どこかSっぽさを感じさせる口調で男の声は僕にそう説明した。




僕は言われた通り、まず靴をロッカーに入れ、100円を入れて鍵をしめて、その黒色のカーテンの
奥へと進んだ。




奥に進むと、高校の頃の部室のような縦長型のロッカー棚が並んでおり、僕は渡されたリストキーに書いてある番号のロッカーを探した。




そして、そのロッカーを見つけ、僕はしっかり握りしめていた肩掛けカバンをロッカーの中へ降ろして、
ふぅぅーと息を吐いて、ひと段落した。




ここまでの入るだけの行為で、けっこう精神的に疲れた感じがしていた。




しかし、躊躇しながら、またドキドキハラハラしながらも、普通に人が行き交う街中の小さなビルの中にある、看板も案内も何もないドアの中に入り、声だけのやりとりの受付を済ませ、そして黒色のカテーンをくぐり、廊下の奥にあるこの部室のようなロッカールームまでたどりついたとき







不思議なことに、

僕はそれまで経験したことのない、心が、妙に落ち着く気持ちを感じていたんだ。