「ハッテン場」に行ってやろうと思っていた。

僕は、もう間もなく20歳になろうとしていた。

「ハッテン場」のことについて初めて知ったのはゲイ雑誌だった。
僕は19歳のある夏の夜に、初めて買ったゲイ雑誌を頼りに、堂山のゲイバーへ来た。
そのゲイ雑誌には「ハッテン場」の広告も載っていた。


ゲイ雑誌にはエロ写真や文通欄、コラムや漫画、小説などの読み物のほかに、後ろのほうに全体の3分の1くらいの分量で広告が掲載されていた。
ゲイバーやゲイビデオの広告と並んで、「ハッテン場」の広告も掲載されていた。

でも、僕はゲイ雑誌を初めて買ったそのときは「ゲイバー」のことしか頭になく、とにかくゲイバーの場所を突き止めて、そこへ行くことばかりを考えていたので「ハッテン場」関係の広告には注意が向いていなかった。

しかし次第に、そのゲイ雑誌に載っている「ハッテン場」の広告にも気づいて、
『これは一体なんだろう?』と思うようになったんだ。

「そもそもハッテン場とは」というような説明はどこにも載っていなかった。
「ハッテン場」の広告自体にも「ハッテン場」という言葉は書かれていなかった。

「ハッテン場」として営業している店の多くはスポーツジムのような名前の所が多かったからね。
「ジム割」とか書いてある店もあったので、スポーツジムなのかなと思っていたりもした。
(「ジム割」と言うのは、どこかのスポーツジムに通っている人は入場料が割り引かれるというサービスのこと。そういう肉体を鍛えた人が多く集まる(あるいは集めたい)店でよくあるサービス。)



そういう類の店のことが気になっていたので、あるときゲイバーで一緒に飲みに行っていた年上の人に、
「これは一体何ですか?」と聞いてみたんだ。

ちょうど、ゲイバーにゲイ雑誌が置いてあったからね。
そのページを開いて、それを見せながら聞いたんだ。

「あ、・・・うーん・・・これはね・・・なんて言うか、その・・・まぁHする所なんだよ・・・。
普通のホテルとか入れないから、二人で一緒に行ったりしてね・・」

何か言いづらそうな感じで、そういう説明をされたので、
僕は『あぁ、ラブホテル代わりに使う所なんだ』と早合点してしまった。

堂山には男どうしでも入れるラブホテルがいくつかあり、
僕は誰かとHするときはそういう所を利用していたので、
『ハッテン場というのは、そういう男どうしで入れるホテルを知らない人が使う所なんだろう』と勝手に思っていたんだ。

ゲイバーでも「そもそもハッテン場とは」という話は誰もしないからね。

僕は早合点したまま、さらに知ったかぶりもしていた(さも、昔から「ゲイの世界」に居ますよ的な感じで大人ぶっていた)ので、ゲイバーでの会話の中で時折、
「どこそこの駅の近くに新しくハッテン場が出来たみたいだよ」なんて話を聞いても、
「あぁ、なるほどね。そこに出来たんだね~」みたいな感じで流して聞いていたんだ。


そんな感じで「ハッテン場」には興味を持たずに、しばらくは過ごしていたんだ。



でも、ゲイ雑誌のコラムなどを読んだり、ゲイバーで話をしているうちに、だんだんとその認識がズレていることに僕自身、気づき始めたんだ。

そこで分かったことは、「ハッテン場」にはカップルで行くだけではなくて、一人で行っても良いらしいと言うことだった。

一人で行って、その場で初めて会った人とそこでHが出来る空間なのだと言うことが次第に分かってきたんだ。

しかしそのことが分かっても、あまり行きたいとは思わなかった。
と言うのも、「その場で会ったばかりの人とそこでHをする」と言うことは、ナンパみたいな感じで積極的に相手を誘わないとダメな所なんだろうなと思っていたから。

一度も行ったことがなかったから、そういう感じのイメージだったんだ。

僕はゲイバーなどでゆっくりと色々な話をして、ちゃんとコミュニケーションを取った後なら、Hに誘う自信はいくらかはあったけど、ナンパみたいな形で誘うのは、一度もやったことがなかったので苦手意識もあり、またそういう誘い方は非常に抵抗があったんだ。

ゲイ雑誌に載っいる「ハッテン場」の広告には営業時間や、だいたいの場所の地図、入場料金などが載っており、他にイメージ写真的なものも載っていた。

たとえば、体育会系的な人が集まる所をコンセプトにした店の広告にはイメージ写真としてボディビルダーのようなマッチョな人の写真が載っていたり、30代後半から40代あたりの人の場をコンセプトにしている店の広告には、ちょっと太っていてヒゲが生えたようなオジサンのイラストが描かれていたりしていた。

そういう写真やイラストを見ていると、何か、この世界で何年も経験があるような感じの人ばかりが集まっている場所に思えて、
「その場で積極的に誘うこと」に自信がない僕には、ちょっと不向きな世界だと思っていたんだ。



そういう認識だったので、「ハッテン場」には行かずに、僕はゲイバー中心に遊びながら、いろんな人と話をし、ときにはHもして過ごしていたんだ。

でも、そうやって過ごしながら月日が経つうちに、そういう遊びがだんだん飽きてきていたんだ。
最初は初めて体験する「ゲイの世界」でウキウキした気持ちで過ごしていたけど、それもいつしかなくなり、またいろんな人とHをしたけど、長く続く関係などなく、また昔、漠然と憧れていた「甘い恋人関係」みたいな関係になる人もいなかった。

僕自身が甘い恋人関係になりたいと思える人に出会わなかったし、相手もそういうことを
求める人がいなかったんだ。

もちろん、Hすることは楽しいし、気持ち良いし、相手のこともまぁまぁ好きになることもあったけど、恋焦がれるような、いつも一緒に居たいと思えるような人はいなかった。
『この人も良いけど、別の人でも同じだな』みたいな感情を持っていたんだ。

また、
『ゲイなんてゲイが好きじゃないんだ。ノンケの人が好きなんだ。
だったら手っ取り早くHだけしていたら良いじゃないか』

と思ってもいた。

そして、そういう軽いHだけをするような人間関係にだんだんと失望し、「ゲイの世界」で遊んでいることが自分でも良く分からなくなってきていた。


「その場で積極的に誘うこと」に苦手意識は変わりなくあったけど、とにかく一度「ハッテン場」に行ってやろうと思った。




この世界で恋人になれるような人がいないなら、
もっとHをするという、ただ単にそのことだけをしようと思っていた。




即効その場でHを誘うような人がいる所で、何も考えずただHだけしようと思っていたんだ。