季節は夏に入っていた。

夏の強烈な日差しが照りつける中、コンクリートで出来上がった道路やビル群で構成される街中はさらに暑い。
ハーフパンツにTシャツを着て帽子を被った格好で、僕は大阪の街中を歩いていた。


「この夏に男とHをする」


この目標を立てて、考えたことはまずは「ゲイの世界」に入ること。その世界でHをしようと。

そこで「ゲイの世界」に入る為に、2つのプランを考えたんだ。



プランA:「ゲイ雑誌を探すこと」
昔、テレビでやっていた同性愛者のドキュメンタリーの中でちらりとほんの数秒ゲイ雑誌が映ったことがあり、それでそういう雑誌があるということは知っていた。

ゲイ雑誌には「男とHする」為の何らかの情報が載っているはずだと思った。
だけど、どこで売っているのかが分からなかった。

そこで、大阪のあらゆる本屋を巡って探してやろうと思った。電話なんかで問い合わせは出来ない。恥ずかしかったから。
近畿2府4県で構成される関西地方では大阪が一番の中心地なので、大阪の本屋で探そうと思った。またその中心地である大阪の本屋でも置いてなかったら他の地域でも置いてないだろうなとも思っていた。
その大阪の中の中心地が難波と梅田界隈で、とりあえずそのエリアにある本屋に絞って、ひとつひとつの本屋を廻って探そうと思ったんだよ。
ゲイ雑誌を探す大阪の本屋巡り、これがAプラン。



プランB:「新宿2丁目」に飛び込むこと
「新宿2丁目=ゲイの街」という世間一般の人でも知る漠然とした認識は僕も持っていた。
でも具体的な情報は何も持っていなかった。
このプランは本屋でゲイ雑誌が見つからなかった場合に備えたプランだった。
出来れば行きたくはないという気持ちだった。

なぜなら、テレビで観るようないわゆる「オカマキャラ」がいるような街というイメージしかなかったから。オカマキャラには会いたくなかったし、Hもしたくなかった。

そこにはH出来る普通の感じのゲイの人はいないかも知れないけど、とりあえず飛び込めば何かしらそういうゲイの世界に入れて、もしかしたらオカマキャラじゃない人とも出会えるのではないかと思っていた。
(2丁目で既に遊んでいたゲイの人なら、2丁目がどういう所かは知っていただろうから、オカマキャラだけではないことも分かっているだろうけど、まだ「ゲイの世界」に入ったことがないゲイにとっては世間一般と同じ漠然とした間違ったイメージしかなかったので、そこに「入る」ことにはやはり躊躇するというか怖かったんだよな)

新宿2丁目に飛び込むために、バイト代を貯めて新幹線で東京に行ってやろうと思っていた。Bプランというか、もはや最終プランのような気持ちだったよ。家出や出家のような感覚でね。





プランAが成功することを願って、まずは難波の本屋に向かったんだ。

大きな書店から目に入った古書店まで片っ端から探し回った。
午前中から探し回り午後になり、だんだん日差しもきつくなり汗だくになってきた。

学生はどこも夏休みなのか、難波の映画館前あたりには学生の集まりが
あちらこちらで楽しそうにしゃべっている。
暑そうに上着を手にかけ歩くサラリーマンやお茶でもするのか主婦グループが街中を歩いていく。


街中のそういう光景や音は、どこか遠くに感じられて僕はボーとしながら本屋を探し回った。

僕だけ目的が違うのだ。「ゲイの世界」というこの社会の「裂け目」に入るために、その情報を求めてゲイ雑誌を探しているのだ。

この街の中で過ごしているのだけれど、僕だけ違う世界、まるで異国に来たかのようなそういう感覚の中で街中を歩いていた。



でもなかなか見つからなかったんだよ。


やはりどこにも置いてないのかも知れないなとも思った。
梅田に場所を移そう思った。

梅田には当時、小さな本屋や古書店街はたくさんあった。難波で探し回ってなかったのだからそういう小さな本屋では「どうせないだろう」と感じていた。
僕は本好きだったから、普段から阪急梅田駅前にある紀伊国屋書店はよく利用していた。

当時梅田には大きな本屋といえば阪急梅田駅前の紀伊国屋書店と駅から少しだけ離れた旭屋書店本店、この2つが梅田では大きな本屋だったんだ。今はでっかいジュンク堂やMARUZENなどがあるけど、当時はなかったからね。

紀伊国屋は阪急梅田駅前にあるので、いつも人が多かったんだよな。夕方などはサラリーマンやOLなどでごった返しの状態になっていた。

僕は本好きだったので紀伊国屋書店にはよく行っていた。いろんな本が置いてあったからね。
1~2時間そこで本を探すというか、いろんな本を眺めるというかそういうことに時間を費やしても苦痛ではなかったよ。

旭屋書店本店はお初天神方面という人の通りが比較的少ない方面にあったので、普段から客は少なかった。
おそらく生き残りをかけて紀伊国屋などには置いていないような本のセレクトをする必要があったのだろうと思うのだが、旭屋書店には専門書でも誰も買わないようなマニアックな専門書まで置いていた。

紀伊国屋にも専門書のコーナーはいっぱいあったけれど専門書の中のメジャーな専門書中心のセレクトという感じだったんだ。
現在旭屋は建物の老朽化のため2011末~2015までリニューアル工事をしているのだけれど、リニューアル前の営業最終日の閉店時間には多くの人が別れを惜しんで入り口前に集まったらしい。
そういう本好きを喜ばすような選書と雰囲気を持った書店だったんだよな。

当時僕は旭屋書店のことは知らなかったのだけれど、
友達に「旭屋の方がセレクトが良いよ。それに紀伊国屋と違って混んでいないからね。ゆっくりした気分で本を探せるんだよ」と教えてもらっていた。
マニアックな本も置いているのならゲイ雑誌もあるかも知れないと思っていた。そこでこの「ゲイ雑誌」を探すプランAでは旭屋書店を最後の切り札と位置つけていた。


難波の本屋から探し始めたのは、難波の方がゲイ雑誌を置いてそうなイメージだったから。
でも午前中から歩き回って探したけど難波にはなく、梅田の小さな本屋や古書店を廻るつもりだったけど、けっこう疲れていたのでこの最後の切り札としての旭屋書店にもう行こうと考えたんだ。

旭屋書店本店は8階建ての自社ビルで、その1階から7階までを書店の売り場としていた。
中に入ると小さなエスカレーターがあり、それで上の階に上っていく。

僕はさっそく成人コミックやアダルト雑誌が置いてあるコーナーに向かった。確か最上階だったと思うんだけど。
コーナーに着くといろんな成人誌やエロ雑誌が目に入った。さすがの品揃えだった。
しかしやはりノンケ向けの雑誌ばかりだった。レンタルビデオ屋のアダルトビデオコーナーでもゲイビデオなんて置いてないもんな。当時はノンケ男性向けの風俗店情報を載せた雑誌ってけっこうあったんだけど(今は規制されてもうないのかな)、風俗店の場所や営業時間、出来るプレイ内容や料金などが載っているそういう雑誌を置いているのならゲイ雑誌くらい置いていそうな気がしたが、やはりなかった。

ゲイ雑誌は置いてなかった。
冷房によって汗で濡れていたTシャツが冷たくなってきた。


『失敗だったんだ。ゲイ雑誌など置いてあるわけないんだ。』
そう思った。

ふぅーとため息をついてから
『もう帰ろう』と思った。