さて、ここまでいろいろな「恐怖」について考えてきたね。

「HIV検査受けようとしている状態での目前に迫る検査についての恐怖」や
「根本的な恐怖」とか。
それまでの生活や人生が「変わってしまうんじゃないか」と考える恐怖。
受けようかどうしようかと悩む時期で「孤独」に悩む恐怖。
「取る物手につかず」とか「心ここにあらず」みたいな状態になる恐怖。
検査という行為自体に対する漠然とした恐怖や妄想。
HIV、AIDSというこの感染症自体についての昔から自分が持っている恐怖。

「根本的な恐怖」として「ゲイだから感じる恐怖」
「身構える」ことや心の「壁」、「さらされる」と感じる恐怖。
「遠い存在」と思っていたものが、すぐ近くにあると感じる恐怖。
そして過去を思い返す恐怖。



この「根本的な恐怖」について考えたいからこのテーマをはじめたわけでね。
特に「ゲイだから感じる恐怖」って問題だらけのような気もするね。

HIVという感染症の性質それ自体やそれを取り巻く世間の認識などHIVについての環境が特殊なために、陽性者であってもあまりオープンには出来ないし、ゲイ同士でもあまりHIVについては話題にはしないよな。
まぁHIV検査受ける動機やきっかけは人によって様々だろうけど、
基本的には一人で孤独に考える人が多いのじゃないかな。

どっかに書いてあったんだけれど、
ゲイの人にとって「HIVを考える」ことっていうのは
単なる感染症だけの話ではなくて、その人の人生や生活などのその人自身の「存在」にかかわるような根本的で重要な問題をはらんでいるようだね。

だけれども、その病気の性質上、目をそむけたい、できれば考えたくないって思ってしまうんだね。怖いから。
日本のほとんどのゲイはカミングアウトしてないだろうし、
自分で「自分がゲイであること」にちゃんと向き合ってしっかり受け止めている人はほとんどいないんじゃないかなって思うんだ。
いわゆる「ゲイの活動」はみんな積極的にやるんだけどね。遊んだり、Hしたり。
でも自分に向き合えなくて・・・。
ここにHIVの感染が拡大する一要素があるように思うんだ。



昔はHIV感染してから10年くらいでエイズ発症になるって言われていたけど、
最近では2年くらいの早期発症もありえるってことで、感染後2年~10数年くらいで発症するみたいな案内に変わっているよね。

また、ここ数年、エイズ発症後の検査でHIV感染が判明する人が多いようだね。
つまりHIV検査に行かずにそのまま発症させてしまうわけだね。
まぁ僕もHIV検査を今までさんざん放ったらかしにしてきたわけだから、偉そうには言えないけどね。僕がもしHIVに感染していたら、この発症後に感染が発覚するパターンになってたと思うんだ。



「ゲイだから感じる恐怖」ってさ、ゲイライフを長年やってきている人にとっては大きなものなんだよね。つまりゲイライフが長ければ長いほど、それに比例してこの恐怖も大きいわけだ。
まだゲイライフ始めたばかりの若い人はこの恐怖は小さいのかも知れないね。


このゲイライフが長いほど、それだけセックスしたトータルの回数も多くなっているわけで。
ということは、総体的にはHIVへの感染可能性もゲイライフが短い人よりも長い人のほうが大きいと言えると思うんだ。
もちろん、セーフティにセックスしなければたった1回のセックスでも感染することもあるだろうけどさ。
じゃあさ、ゲイライフが長い人ほどHIV検査に行かなければならないんじゃないの?って思うよね。細かいことを言えばキリがないけど、まぁ基本的にはそうだろうね。
大雑把だけど。そう言っても良いと思うんだ。

だけど、ゲイライフが長い人ほど、この「恐怖」も大きいので、HIV検査に行きたくない、考えたくないという状態になってしまう。
検査に行かずにHIV感染が分からないままで、エイズ発症させてしまう人が最近増えているのはここに原因があるのかも知れないね。